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不自由な日本語 [音楽]

歌詞が英語とかフランス語とか、母国語でない歌はとても自由。聞き取れなかったり、意味は通じてもダイレクトに入ってこなかったりして、ざっくり言うと、歌詞はなんでもウェルカムなわけです。(私の語学力では)

一方、日本語の歌はなまじ意味がわかるので、歌詞を聞いてしまったがために聴く気がなくなる、という障害が出てくる。日本語であるが故の不自由さ。
薄っぺらい正論とか、安っぽい人生応援歌とか、母国語で聴かされると本当に本当にうんざりしてしまいます。

ということで、聴く邦楽は以下のタイプに限られてしまうことに。

1. 意味がわかって深く響くタイプ

理想ですね。でもそういうのはとても少ない。忌野清志郎さんぐらいかもしれない。

2. 聞き取れない/意味がよくわからないタイプ

聞き取れなければ洋楽的に聴くことができる。あとはイメージの断片を放り投げていくタイプとか。何言ってるのかわからないように歌えばお互いシアワセなのかもしれない。中期 UA とか。椎名林檎とか。

3. いわゆるラブソング

古今東西の「あなたが好き」「あなたがいなくて辛い」という歌は伝統芸能の「型」のようなもの。そこに意味なんて無い。それは作り手も聞き手も最初から分かっているわけです。なので変にひねろうとしなければ全然OKと思います。何語で歌っても同じこと。

4. くだらない歌詞だけど、歌詞の意味を越えて表現が成立しているもの

今これは何と言っても モーモールルギャバンかな。相対性理論も。古くはスターリンとか暗黒大陸じゃがたらとか。結局自分が主に聴くのはこのジャンルということか。

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でも英語のロックだって、薄っぺらい正論や安っぽい人生応援歌で満ちているのに。日本のものだけ嫌うのは不公平かもしれない。そういう英語のロックが同じように聴けなくなったら、英語力が身についたということなのでしょう。

フランス人でJ-POPにハマる人っている。理由がこの逆パターンだったら面白い。みんな自分のネイティヴ言語でない音楽に向かうのかもしれない。